錬金術と賢者の石!科学と思想の鮮やかなる融合

中世ヨーロッパにおける錬金術。錬金術とは「賢者の石」という象徴的な存在を軸に繰り広げられた壮大な物語でした。

【1】錬金術(Alchemy)とは何か

1-1.貴金属と卑金属

金属は貴金属と卑金属に分けられます。貴金属とは酸化や腐食もしにくいものであり、希少価値も高く美しい光沢を保つもの、たとえば金(Au)・銀(Ag)・プラチナ(Pt)などがあげられます。これに対し卑金属とは酸やアルカリに反応しやすく、腐食しやすいもの、鉄(Fe)・アルミニウム(Al)・銅(Cu)などが該当します。

そして錬金術なのですが・・・、あなたならどんな術を想像しますか。おそらくありふれた鉄をたちどころに金に変える、安価な卑金属を高価な貴金属に変えてしまう、そんな摩訶不思議な術を思い描きませんか。しかし鉄や鉛が金に変わるのでしょうか、ハッキリ言えば「いかがわしいもの」ですね。

しかし、錬金術の本来の意味は古代から中世、ルネサンス期にかけて発展した神秘的な学問・技術体系をいいます。単なる金属の錬成や不老不死の探求にとどまらず、哲学・宗教・化学・医学・占星術など多くの分野と深く関わってきたもの、オカルトでもなければ胡散臭いものではないのです。

1-2.錬金術の果たしたもの

医学や科学技術面に目を向ければ、錬金術師によってもたらされた成果は否定できません。たとえば医学面においては「医化学の祖」と称されるパラケルスス(Paracelsus)がよく知られています。彼は錬金術の研究から酸化鉄や水銀(梅毒の治療)やアンチモン、鉛、銅、ヒ素など、金属の化合物を初めて医薬品に採用したのでした。

またこのパラケルススの弟子であったファン・フェルモント(Jan Baptista Van Helmont)は現在の二酸化炭素に相当する気体を発見しました。それまで同一と考えられていた気体にも区別があることを発見し、ギリシア語で混沌を意味するカオス(chaos)から、こうした物質を「gas sylvestre」としました。そう、「ガス」は彼が命名したものです。

このように多くの錬金術師たちによる未知なるものへの探求心は、硫酸や塩酸などの酸の発見、アルコールの蒸留技術の発達、実験器具の改良など現代科学の発展に繋がる重要な発見や技術を生み出しました。

1-3.ジャービル・ブン・ハイヤーン

ちなみに、錬金術の発展においてアラビア人の果たした役割も大きなものがありました。硝酸に代表される強い酸類の製法をヨーロッパに伝えたのが、アラビアの錬金術師であったジャービル・ブン・ハイヤーンです。彼の発見は17世紀になってグラウバーによる硝酸ナトリウム(Glauber’s salt)の発見へと続くものであり、現在の化学工業の基礎ともなっています。

また、錬金術(Alchemy)・蒸留器(Alembic)・アルコール(Alcohol)など錬金術においてキーとなる用語「Al」はアラビア語においては英語の「The」に相当する定冠詞です。ヨーロッパの錬金術は、このアラビアからもたらされ広がりを見せたものでした。

1-4.錬金術その究極の目的とは

ただ、いつの時代にも悪党はいるものです。錬金術が一般的に知れ渡ると、これを利用してニセモノの金や宝石を売り物にする詐欺行為も横行し始めました。金の形成話を持ちかける、そしてやれ実験室だの研究費や設備費を散々巻き上げた挙句ドロンする。

こういったペテン師たちのおかげで、本物の錬金術師たちがどれほど迷惑を被ったことか。とにかく、繰り返しますが本当の錬金術とは「金を作る技術」だけではありません。人間の魂の完成、宇宙の神秘の理解、霊的覚醒、そんな哲学的な側面も併せ持つ学問であったのです。

そして中世ヨーロッパにおける錬金術において究極の目的が「賢者の石(Philosopher’s Stone)を発見する」ことでした。賢者の石は究極のパワーストーンともいえるのです。

【2】賢者の石(Philosopher’s Stone)とはなにか

2-1.完全なるもの

賢者の石は卑金属を貴金属に変えることが出来ると信じられた神秘の石です。また「赤い石(The Red Stone)」としても知られています。単なる金属変成の道具にとどまらず、「不老不死の妙薬(Elixir of Life)」とも言われ、肉体的・精神的な完全性をもたらす究極の象徴とされました。

ただ単に鉛を金に変えるだけではなく、人間の魂を浄化・完全化するもの。人間の魂の完成、宇宙の神秘の理解、霊的覚醒を目指す哲学体系。このように「石」とは言っても実体を持つ物質というより「完全なるもの、その象徴的な存在」であったのです。

2-2.ウロボロス

また錬金術の世界では完全なるものである賢者の石は、ウロボロスの姿をもって象徴されます。ウロボロスとは古代ギリシア語で「尾を飲み込むもの」を意味し、自分の尾を口にくわえ円になっている蛇や竜の姿で描かれます。

錬金術において円は始まりと終わりの一致、完全を意味します。したがってこのウロボロスは、生と死の一致、死と復活、永遠の時間、輪廻転生、といった意味も持ちます。さらに鉄が金に成長し、再び鉄に戻ることの象徴でもあります。こういった意味からも賢者の石はウロボロスによって象徴されているわけです。

ちなみに、キリスト教においてはウロボロス(蛇)は邪悪の象徴です。しかしグノーシス主義(古代地中海世界で興った宗教思想運動)においてはアダムとイブに知恵の実を食べさせた蛇は善なるものの象徴であり、ウロボロスは復活したイエスの象徴でもありました。

2-3.自己実現までのプロセス

前述した「赤い石」なのですが、賢者の石を得るための過程は色の変化をもって表されました。

段階意味象徴的な心理過程
ニグレド黒化
腐敗・死・分解
無意識との対峙・自己崩壊
アルベド白化
浄化・再生
希望・新たな光
シトリニタ黄化
知恵・啓示
精神的成熟
ルベド赤化
統合・完成
個性化・完全性

これは心の内的成長を意味し、最後の赤化こそが完全なる状態となります。様々な相反するもの、対立が統一されることによって完全性の象徴である賢者の石が完成に至る。こういった錬金術の象徴を私たちの「自己実現のプロセス」との類似を唱えたのがユングでした。

心の成長、この過程において私たちは無意識なるイメージと対峙しなければならない。そこで初めに出くわすものが影。影は無意識のまま抱く負のイメージであり苦しみを伴うもの、これが黒化と重なる

そして、紆余曲折を経てこの影から解放された状態が白化、完全なる肯定である。白化こそが様々な情念から解き放たれた完全なる境地。しかし、心の中には正反対の要素も存在している。そのため心は分断され対立や葛藤が生じている。

2-4.対立の統一

したがって、さらにこの対立が統一されること、すなわち赤化されることによって人は最高の次元・自己実現に至ることとなる・・・。無意識の世界と錬金術、こんなジャンルに興味を持たれたら「心理学と錬金術(C・G・ユング 著)」を読んでみてください。

【3】まとめ

3-1.自己を完成させる旅

ここでいったんまとめてみます。中世ヨーロッパにおける錬金術とは単なる金を作る技術だけではなく、人間の魂の完成、宇宙の神秘の理解、霊的覚醒を目指す哲学体系であった。そしてその究極が賢者の石の発見にあった。この発見は心の統一であり、ある種の悟りを意味することでもある。そして現代においてもこのプロセスは人間の精神的成長から自己実現へと重なるものである。

以上、なにやら同じようなことを延々と述べてきた感もあるのですが、錬金術師たちにとって賢者の石を発見することは「自己を完成させる旅」でもあったのですね。

最後に、錬金術の理論や象徴・意味などについていくつか紹介します。

【4】錬金術の理論

4-1.四大元素理論

古代ギリシアで生まれた物質観でありこの世の中の物質はすべて「火・気・水・土」より構成されているという理論。紀元前4世紀になるとアリストテレスによってさらに発展されられました。そしてこの理論の基本となるものがが「第一質料(Prima materia)」です。

第一質料とは宇宙の全ての物質の元となっている基本物質であり、万物の根源となる物質のこと。この第一資料に「湿・乾・熱・冷」の内、正反対の二つが加わると・・・

  ・第一資料+熱・乾=火
  ・第一資料+熱・湿=気
  ・第一資料+冷・湿=水
  ・第一資料+冷・乾=土

このように四大元素の一つが現れるといったものです。

4-2.三原質理論

四大元素理論と並び重要なる理論、上記の通り第一資料と「湿・乾・熱・冷」の組み合わせにより金への変性も可能となるのですが、錬金術師たちが特に重視したものが三原質「硫黄・水銀・塩」でした。またその中でも硫黄と水銀は・・・

  ・硫黄:男性的・能動的・燃焼作用
  ・水銀:女性的・受動的・常温で液体

このように正反対な性質であり、この二つが結びつくことにより7つの金属が作られると考えたのです。この理論はアラビア時代すでに存在していました。

この理論がヨーロッパに入るとこの三つの元素をもって金属だけでなくすべての物質が形成されているといった考えに発展していきました。ちなみにこの理論を確立させたのがパラケルススでした。ただし塩については媒介であり、硫黄・水銀ほど重要視はされてはいませんでした。

4-3.七つの金属と惑星

錬金術においては金属は7種類があり、
 鉄 → 銅 → 鉛 → 錫 → 水銀 → 銀 → 金
といったプロセスを経て完成に至るとされていました。つまり金属も成長すると信じられていたのです。

金属惑星神格と象徴

Ferrum
アレス
力・攻撃性

Cuprum
アフロディーテ
愛・調和

Plumbum
クロノス
重さ・制約

Stannum
ゼウス
拡大・繁栄
水銀
Mercurium
ヘルメス
変化・媒介

Argentum
アルテミス
直感・純粋さ

Aurum
アポロン
完全性・不変性

この背景には占星術の影響があり、金属は天体の七つの惑星と結びつけられそれぞれが対応する惑星の影響を受け成長を促されると信じられていたのです。そしてさらに、ここに死と再生という輪廻転生の信仰も加わった結果「金属もまた生まれ変わる」と考えられていたのでした。

4-4.宝石象徴的意味

中世の錬金術師たちは宝石や鉱物もが霊的な性質を持ち錬金術との関係を信じていました。

象徴・意味関係
ルビー情熱・変容赤い石
サファイア天界・叡智精神性の向上
水晶精神の明晰実験・瞑想
パイライト誤解偽物

【5】錬金術の終焉

5-1.懐疑的化学者

時は流れて1661年、ロバート・ボイル(Robert Boyle)によって「懐疑的化学者(The Sceptical Chymist)」が出版されました。ボイルはあの「ボイルの法則」で有名なアイルランド・リズモア出身の化学者、物理学者です。そしてこの本の登場によって錬金術の時代は終わりを告げた、と言ってよいでしょう。

元素はそれ以上に分解できない唯一の物質である。すべての物質はこの組み合わせで構成されており、その数は元素は4つだけではない。この本によって四大元素や三原質理論は無残にも否定されたのです。いくら何をしようが鉄の元素が金に変わることなど、ありえないのです。

5-2.科学と思想の鮮やかなる融合

こうして近代科学の一歩が踏み出されたことで錬金術は「科学の名に値しないもの」となりました。しかし、錬金術師はまじめな科学者であっただけでなく、彼らの情熱は科学技術の枠を超え神秘思想の世界まで及びました。科学と思想の鮮やかなる融合、錬金術とは「賢者の石」という象徴的な存在を軸に繰り広げられた壮大な物語だったのです。

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